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MY FIRST FENDER - 田渕ひさ子

今年で誕生から 35 年となる日本製フェンダーは、これまでも日本のみならず、世界中から愛され続けてきました。その安定した品質から多くの信頼を得ており、いつの時代も、ステージに立つことを夢見るプレイヤーから広く支持されています。その日本製フェンダーと共に過ごし、ミュージシャンとしての夢を叶えた13人のアーティストが、実際に使用していた「はじまりの1本」に対する思い出を語ります。

My First Fender

JAZZMASTER®

国内屈指のジャズマスター使いとして数々の名演を残している田渕ひさ子。彼女が初めて手に入れたフェンダー・ギターは日本製の赤いジャガーだった。高校生の時にバイトをして手に入れたという1本で、ナンバーガールの初期作品『Atari Shock 』や『Omoide in my head 』のレコーディングではメイン・ギターとして活躍。” プロもみんな使っているし、フェンダーを手にした時から始まる、という気持ちはありました”と語るように、ギタリストとしての彼女の原点ともいえる1本だ。さまざまな改造の歴史が見て取れるのもおもしろいポイントだ。特にブリッジ部に関しては、トラブルに対処をするために、自身の手で日々改良をくり返すことでこのギターの特性を学んだという。さらには彫刻刀でボディに穴を開けて L P タイプのテイルピースをむりやり取り付けたり、シングルコイル・サイズのハムバッカーに交換したり、結果的に合わなくて元に戻したり....と、さまざまな試行錯誤をくり返していたとのこと。"その時の経験がジャズマスターを使う上でかなり役立っているんですよ"と笑顔で語ってくれた。


田渕ひさ子
福岡県出身  1975年12月9日生まれ O型。13才でギターを始めて以来、途切れることなくギャルバンでギターを弾き続ける。19才でNUMBER GIRLに加入。紅一点のギタリストとして注目される。その強烈なインパクトのあるギターは、ギター・マガジン誌が主催する“史上最も偉大なギタリスト100人”に数少ない女性ギタリストとして選出されるなど、今や日本のロック・シーンを代表する女性ギタリストの一人といえる。


02年NUMBER GIRL解散後は、自身がリーダーである toddle を始める。また、bloodthirsty butchers、LAMA等のバンド活動以外にも、ギタリストとして、磯部正文バンド、SPANK PAGE、黒木渚、大森靖子、Bass Ball Bearなど多くのアーティストと共演している。他にも、楽曲提供やプロデュース、弾き語りなど活動の幅を拡げている。15年には、初の弾き語りソロアルバム「note wo tojite」を会場・通販限定でリリース。16年には、toddleの4th Album「Vacantly」をリリース。初のセルフプロデュース作品として話題となった。最近では、弾き語りソロアルバム「360°」を新たにリリース。

› 田渕ひさ子:https://hisakotabuchi.tumblr.com/
› toddle:https://toddle.to



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